”腹落ち”するまで徹底的に議論する:「センスメイキング理論」

混沌とした社会だからこそ必要な”腹落ち”感

グローバル市場を見ると中国やアメリカなどが日々イノベーションを起こしている。それによりこれまでの市場構造が一気に変わってしまうなど変化のスピードもこれまで以上に速くなっている。また市場の細分化が進むことで、様々な企業が競争に参入するカオスな状態が起こっている。企業としてはますます将来の市場予測などが難しく、未来を見通すことが難しくなっている。また、新型コロナウイルスの感染拡大などのように、いつ世界規模で不測の事態が起こってもおかしくないことを我々は身をもって体験することとなった。未来の見通しが難しく誰も予測しなかった事態が起った時企業はどのように方針を決めビジネスを推進していけばよいのか。このような時代だからこそ必要な理論を紹介したい。

「センスメイキング理論」とは?

「センスメイキング」とはアメリカのミシガン大学の組織心理学者カール・ワイクによって提唱された。「センスメイキング」とは日本語で表現すると「意味づけ・納得」となる。これは想定外の出来事や、不確実性の高い事象に対して意味づけを行うことで組織が同じ方向を向いて事業を推進するための思考プロセスといえる。現代は”VUCA時代”とも言われている。
VUCAとは下記の4つの単語の頭文字から作られた言葉である。
①V(Volatility):変動性
②U(Uncertainty):不確実性
③C(Complexity):複雑性
④A(Ambiguity):曖昧性
過去の経験などから構築されたプロセスでは判断や予測が難しい場合、必要となるのは全員の”納得感”である。打ち出した方針が正解かどうかなんて分からない、しかし自分たちが行っていることや、これから行おうとしていることに納得感が持てれば組織全体の推進力が向上する。この納得感という言葉はビジネスシーンでは「腹落ちするまで議論する」、「腹落ち感がある」などのフレーズでよく耳にすると思う。この腹落ち感がないまま事業を始めるとどうなるのか。組織人員のモチベーションなどに差が生じることで推進力が下がったり、意思決定がスピーディーに行えないなどの悪影響がでる。会議の席で「なんでこれやるんだっけ?」などと発言する人もいるだろう。自身や組織全体が腹落ちしないまま事業を始めたので、どこか”他人事”のように捉える人が出てきてしまう。また、最初は全員モチベーション高く取り組んだとしても、困難や大きな壁にぶつかった時最初に意味づけや全員の腹落ち感がないままやってしまったので事業が簡単に頓挫してしまうリスクがある。不確実で曖昧な世の中だからこそ、全員が”納得し”自分たちのやっていることに”意味”を見出すことが非常に大切になる。

センスメイキングの3つのプロセス

センスメイキングは下記の3つのプロセスの循環で成り立つと言われている。
①環境の感知
企業を取り巻く市場環境や外部環境などに大きな変化があった時、その情報をいち早くキャッチするプロセスである。センスメイキング理論では下記のような状況を想定している。
1.危機的状況
2.アイデンティティへの脅威
3.意図的な変化

②解釈・意味付け
【①】で分かった状況に対して、今度は解釈・意味付けを行う。市場や外部環境の変化は1つの事象として存在するが、それに対する解釈は人それぞれ異なる。例えば【①】の「2.アイデンティティへの脅威」が変化として起こった場合、ある人は「脅威に負けないようにさらなる研究開発や品質改善を強化する」という前向きな解釈をするが、ある人は「脅威によって私達の事業は今後衰退していく」という消極的な解釈をする。一つの事象に対して、全員が同じ方向を向いて進んでいけるように”腹落ち”ができるようなストーリー(解釈・意味付け)を行う。センスメイキングで一番重要なプロセスといえる。

③行動・行為
不測の事態に遭遇した場合、従来の業務プロセスや対応策では対応できないことが多い。試行錯誤しながら業務を進めていく必要がある。思考錯誤を繰り返すため、失敗や困難にぶつかることも多い。そんな時【②】で示したストーリーが定着していると事業に携わる全員が困難をどう克服するかを考え積極的に業務に取り組む組織が構築されていく。

センスメイキングの7つの要素

①アイデンティティの構築(identity)
センスメイキングは個人やそれが属する組織が「自分たちはなにものであるか」というアイデンティティに基づいている。
②回想(retrospect)
物事が進行中であるまたは体験中にはセンスメイクすることはできず、後に振り返ることでセンスメイクが可能となる。
③行為(enactment)
物事を進めたり自ら体験するためには、何より行動が大切である。行動することで初めて環境に働きかけることができる。
④社会性(social)
私達は常に誰かと関わりながら生きている。自分(主体)と周囲の人(客体)とを切り離すことはできない。自らが周囲に対して与える影響、周囲が自分に与える影響が相互に作用することでセンスメイクができる。
⑤継続性(ongoing)
センスメイキングは1回行えば終わりというプロセスではなく、常に繰り返されるプロセスである。
⑥環境情報の部分的認知(extracted cues)
人はどうしても自分のフィルターを通して物事を認識してしまう。また人によって解釈も異なる、よって自分の解釈は物事全体の一部にしか過ぎない。
⑦説得性・納得性(plausibility)
センスメイキングは正確性よりも「説得性」により成り立つ。物事に対する答えが正確かどうかよりも、その答えが”もっともらしい”かどうかが重要となる。

筆者

Fukushima Gaku
大学卒業後、中国北京へ留学。
留学先では中国語アナウンサー技術を学習。
広告代理店、リサーチ企業などを経て、現在は消費財メーカーにて中国ビジネスに従事している。