Z世代の新たなサブカルチャー”三坑”市場を狙った小売店舗の戦略

中国Z世代のサブカルチャー”三坑”とは?

”三坑(さんこう)”という言葉をご存知だろうか。”坑”は中国語で「穴」を意味する。”三坑”とは「(穴に)ハマったら抜け出せない3つの趣味」という意味を表す。3つとは①JK(女子高生)制服②ロリータファション③漢服(中国の古代の衣装)のアパレル関連製品を表す。中国では今この三坑関連消費が盛り上がりを見せている。日本人にとって漢服は馴染みがないと思うので、下記にその一例を掲載する。

★漢服のイメージ

※タオバオより抜粋

背景市場

証券会社[国泰君安証券]が発表したレポート[Z 世代穿出新潮流,“三坑”服饰势如破竹(日訳:Z世代が新たな流行を着こなす、”三坑”ファッションが破竹の勢い)]によると、2020年三坑関連市場規模は212億元(3,400億円)を超えるとされており、2025年にはその規模は1,266億元(2兆1,522億円)まで成長すると見込まれている。
★三坑関連市場規模

※[Z 世代穿出新潮流,“三坑”服饰势如破竹(日訳:Z世代が新たな流行を着こなす、”三坑”ファッションが破竹の勢い)]より抜粋

実はこの三坑ブームには日本のカルチャーの影響が大きく関係している。例えば、JK制服は日本のアイドルカルチャーが関係し、ロリータファションも日本の漫画・アニメの影響がある。またJK制服が一つの”ファッション”としてみなされているのには、中国の学生服事情が大きく関係している。中国の中高生の制服は基本「ジャージ」であり、一部の私立学校などを除き日本のような”制服”は存在しない。日本のアイドルなどの衣装に影響を受けた中国Z世代によりJK制服もファションカテゴリの1つとして形成されていった。
実際にどれだけ消費が動いているのかを中国のECサイト[タオバオ]のデータをもとに見てみよう。
JK制服は直近30日で人気の商品は1万点以上も販売されている、価格は100元(1,700円)以下のものが売れ筋のようだ
★タオバオ:JK制服の販売状況 
2021年12月18日時点

※筆者が独自に集計

ロリータファッションは売れ筋のもので1,000点以上、価格はJK制服よりも高く200元(3,400円)以下の商品が売れ筋であることが分かる。
★タオバオ:ロリータファッションの販売状況 
2021年12月18日時点

※筆者が独自に集計

最後に漢服だが、こちらも売れ筋は2,000点以上も売れており、価格は200元(3,400円)以上の商品も上位にランクインしていることが見て取れる。
★タオバオ:漢服の販売状況 
2021年12月18日時点

※筆者が独自に集計

ハマると抜け出せない趣味と言われるだけあって、この市場はお金をどんどん趣味につぎ込む消費者の出現により今後も大きく成長することが予測される。

詩与万華鏡(Poem Mirror)とは?

上海夢之巡礼文化有限公司が運営する詩与万華鏡(以下:Poem Mirror)はこの三坑関連商品を販売する小売店舗である。2021年4月に設立された同企業はわずか半年後の2021年11月、上海の中心部である静安寺に敷地面積1,100㎡、2階建ての大型旗艦店を開店した。ちなみにこの店舗がオープンする前に入っていた店舗はNIKEの大型旗艦店であった。36Kr.comの記事によると同企業は、開店前の実績も出ていない過去数ヶ月で合計1億元(17億円)近い融資獲得に成功している。デジタル製品で有名なXiaomiもこの企業への投資を行っている。三坑カルチャーはもはや単なるサブカルチャーではなく、投資家も注目している市場であることが投資状況からも分かるだろう。Poem Mirrorの創設者である孫亜銎は31歳と非常に若い経営者だ。年齢は若いがこれまで十分な実績を作り上げてきた。動画サイト(愛奇芸(iQiyi))と合弁企業を立ち上げ、その後iQiyiに売却した。また農村の貧困者援助や希少動物保護のNGO団体を組織するなど、起業家として実績を積んできた。

Poem Mirrorを企業するに至った経緯は21商評網(21cbr.com)の記事に記載がある。2020年孫亜銎は三坑愛好家の友達の影響で三坑の世界に触れることになった。その友達は彼にこのような質問をした「三坑ファッションをしている彼女たちを美しいと思う?」。彼はその後半年の時間を費やし、愛好家や三坑ファッションブランドとの対談を行った。彼は愛好家にこのような質問をした「自分のことを美しいと思う?」、1秒待たずして帰ってきた答えは「もちろん」。孫亜銎は愛好家の美に対する確固たる自信に魅せられ、2021年4月三坑市場への参入を決めた。市場調査などで得られる定量なデータよりも、当事者の定性的な意見で起業の決意をするところは31歳という若さならではの行動だったのかもしれない。オープンして間もないこともあり、売上金額などは公開されていない。36Kr.comの記事によると2022年には旗艦店6店舗、三坑をテーマにしたPOP-UPストア12店舗を展開する計画としている。

企業情報

企業名:(中)上海夢之巡礼文化有限公司
            (英)Shanghai Dream Tour Culture Co., Ltd.

ブランド名:詩与万華鏡(Poem Mirror)

設立:2021年4月

創設者:孫亜銎

資本金:126万元(2,142万円)

従業員数:非公開

”街の中のディズニーランド”を目指す

2021年11月に開店した大型旗艦店のコンセプトは”街の中のディズニーランド”である。店舗のデザインもアパレルショップというより、テーマパークといえる。海底宮殿をイメージした店内は顧客を外の現実世界から自分の求める世界へ移動したような気分にさせる。店内では愛好家同士が写真や動画を取り合い、三坑カルチャーの発信基地のようなスポットとなっている。
★店舗の外観

※Poem Mirror Wechatオフィシャルアカウントより抜粋

★海底宮殿をイメージした内装デザイン1

※Poem Mirror Wechatオフィシャルアカウントより抜粋

★海底宮殿をイメージした内装デザイン2

※Poem Mirror Wechatオフィシャルアカウントより抜粋

Poem Mirrorがあえて街の中心部の静安寺に旗艦店をオープンさせた理由もそこにある。孫亜銎は三坑を単なるサブカルチャーとして終わらせるのではなく、メインカルチャーに成長させる目的からあえて街の中心に大型旗艦店を開店させた。また開店に合わせたPR活動にもかなりの力を入れていた。三坑ファッションに身を包んだ愛好家たちが2階建てバスに乗り込み街を巡回するイベントや、インフルエンサーを開店イベントに招待するなどして認知を高めていった。
★2階建てバスを使用したPR

※Poem Mirror Wechatオフィシャルアカウントより抜粋


※Poem Mirror Wechatオフィシャルアカウントより抜粋

熱烈な愛好家がいる三坑のような領域では、消費者の知識や趣味に対する熱量がすごい。中途半端に三坑をビジネスに参入するとすぐに消費者からは飽きられてしまう。常にブームの最新状況を把握し、消費者に満足し続けてもらう必要がある。21商評網(21cbr.com)の記事によると、現在Poem Mirrorの運営チームは約50人ほどで平均年齢は25~26歳、90%が三坑愛好者で構成されている。愛好者目線で店舗・ブランド運営ができるチーム作りを行っている。商品については国内外のアパレルブランドと契約を行い、約1万SKUの商品を準備した。店舗では常に2,000SKUを陳列し、毎週新商品を投入するMDプランを展開している。
Poem Mirrorの主な収入元はアパレル製品の販売による収益である。客単価は約1,500元(25,500円)となっている。決して安い金額ではないが、ハマったら抜け出せない趣味と言われるだけあって愛好者はこの趣味にお金を惜しみなく出す。上海の一等地で店舗を運営するには、ランニングコストもかなり掛かるがこのような愛好者の消費特徴から勝算は十分にあると判断したのだろう。chinastartmarket.cnの記事によると上海の中心エリアで100平米規模の店舗を運営するには、初期家賃+商品調達+内装工事コストだけで約70万元(1,190万円)が必要となり、月の家賃は10万元以下(170万円)と試算されている。この何倍もの面積を要するPoem Mirrorの旗艦店の家賃だけでも相当なランニングコストが発生することは容易に想像できる。

サービス詳細

■JK制服・ロリータファション・漢服のアパレル製品
価格帯:100元(1,700円)~2,000元(34,000円)程度
客単価が1,500元(25,500円)だけあって高価格帯の商品が目立つ。

ビジネスモデル

まとめ

「サブカルチャーをメインカルチャーへ」という大きな目標をもって動き出したPoem Mirror。今後の市場成長をみても彼らにとっては追い風となるだろう。中国の思想家である孔子の言葉に次のようなものがある

吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑はず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)ふ。
七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず

31歳にしてPoem Mirrorを立ち上げた孫亜銎はまさに「三十にして立つ」を実現した。今後の成長に期待したい。

参考記事

※1 雷军投资的“诗与万花镜”落地上海,主打汉服、Lolita和JK,“三坑”集合店的风口已至?
https://www.chinastarmarket.cn/detail/886241
※2 90后男生闯荡“三坑”,闹市打造汉服、JK、Lo裙城堡
http://www.21cbr.com/article/85785.html
※3 “诗与万花镜”梦幻起航!二次元“海底古堡”突现中心城区打造线下新消费场景
https://www.toutiao.com/a7035109116762653215/?channel=&source=search_tab
※4【国泰君安证券(香港)】Z世代穿出新潮流,“三坑”服饰势如破竹
https://www.djyanbao.com/report/detail?id=2530874&from=search_list
※5 36氪独家 | 三坑大型集合店品牌「诗与万花镜」完成数千万元Pre-A轮融资,两个月内连续完成两轮融资,总融资金额近亿元
https://36kr.com/p/1501349075122823

筆者

Fukushima Gaku
大学卒業後、中国北京へ留学。
留学先では中国語アナウンサー技術を学習。
広告代理店、リサーチ企業などを経て、現在は消費財メーカーにて中国ビジネスに従事している。