ランチェスター戦略:「強者」と「弱者」の視点から考える競争理論

ランチェスター戦略とは?

ランチェスター戦略はもともと戦争における軍事理論として確立された「ランチェスターの法則」をビジネスの領域に応用したもので、経営戦略や販売方針を立案する手法である。イギリスの自動車工学・航空工学のエンジニアであるフレデリック・ウィリアム・ランチェスターが第一次世界大戦の空中戦における飛行機の損害状況を研究し始めたところから生まれた。ランチェスター戦略は市場内での「弱者」の戦略として捉えられがちだが、実は「強者」と「弱者」両者の立場から市場で勝ち抜く手法を提示している。

第一の法則:「弱者の戦略」

軍事戦略が基になるので、法則の説明も戦闘を例に説明されている。まずは「弱者の戦略」と呼ばれる”第一の法則”である。第一の法則は伝統的な一騎打ち・局地戦・接近戦を想定している。このような戦闘の場合、基本的に一人対一人のような戦いになる。この戦いの結果は下記の公式で勝敗を決めることができる。
【第一の法則】
武器効率(武器の質)×兵力(人数)=戦闘力
これをビジネスの場面に置き換えると、
武器効率:商品力、マーケティング能力、ブランド力など(経営戦略の”上手さ”)
兵力:営業や販売スタッフの人数、広告費(会社の規模に比例する”資本力”)


<A軍>
武器効率:2
兵力:5
A軍の戦闘力 武器効率2×兵力5=戦闘力10
<B軍>
武器効率:5
兵力:3
B軍の戦闘力 武器効率5×兵力3=戦闘力15
結果として、B軍は兵力では劣るものの武器効率でA軍より優れていたため勝利を納めるという結果になる。
これがなぜ弱者の戦略と呼ばれるのか。人員や資金力では中小企業は大企業にはどうしても劣ってしまう。この場合、中小企業は限られたリソースを”ある一点”に集中させる必要がある。できるだけ市場を細かくセグメントし、その市場でNO1を目指すのだ。

弱者の5大戦略

中小企業が攻めるべき”ある一点”を5つの視点から分解することができる。
①局地戦
ビジネス領域(市場)や地域を絞ることでリソースを集中させる。
②接近戦
顧客とできるだけ近い距離でビジネスを展開する。
最近では、代理店や卸業者を介さず顧客へアプローチするD2C企業が注目されている。
③一騎打ち
戦う相手はできるだけ少ないほうがいい。競合他社が多数存在する大きな市場ではなく、
競合他社1社または少数を相手に競争をする。
④一点集中
局地戦と似ているが、地域や市場を細分化したり商品カテゴリもできるだけ絞る。
⑤陽動作戦
差別化された商品を市場に投入することで、大企業や競合他社の度肝を抜く。
相手の”裏”をかくような戦法といえる。

第二の法則:「強者の戦略」

第二の法則は近代兵器のよる遠隔戦や広域戦を想定している。この場合、勝敗は下記の公式で導き出される。
【第二の法則】
武器効率×兵力の2乗=戦闘力

<A軍>
武器効率:2
兵力:5
A軍の戦闘力 武器効率2×兵力5×5=戦闘力50
<B軍>
武器効率:5
兵力:3
B軍の戦闘力 武器効率5×兵力3×3=戦闘力45
第一の法則ではB軍が勝ったが、第二の法則ではA軍が勝つという状況になる。人員数や資本力で勝る大企業はできだけ広範囲でビジネスを展開していくほうが競争に有利になる。

強者の5大戦略

強者が市場で有利に戦うためには、下記の5つ戦法が挙げられる。
①広域戦
弱者の戦略が「局地戦」であるのに対して、強者の立場であれば広域戦が望ましい。マンパワーや資金力で広範囲の営業やビジネスを展開していく。
②遠隔戦
弱者が直接顧客にアプローチするのに対して、強者の場合は顧客とは距離を取りながら多くの顧客へ一気にアプローチする。例えば、TVCなどのマスマーケティングで多くの顧客との接触点を作ったり、卸業者などの流通業者を介すことで、効率的に顧客に対して商品を販売する方法である。
③確率戦
一対一の戦いを避け、多くの競合他社のいる市場へ参入しその資本力で他社を寄せ付けない方法。例えば、ある一定の規模がある市場に参入し、似たようなコンセプトの商品を開発し他社より安い値段で販売することで市場シェアを一気に奪うような戦法である。
④総合主義
一点集中で勝負する第一の法則に対して、商品では圧倒的な品揃えや量、広域の販売テリトリーを築くことで市場でのシェアを作り上げていく。
⑤誘導戦
第一の法則では、”陽動作戦”では弱者が強者の裏をかくような戦法で仕掛けて来るのに対して、強者はそれに反応しないように見せて弱者を自分の有利な状況に誘いだす戦法といえる。

市場のNO1になるための指標:「マーケットシェア理論」

第一の法則・第二の法則に関わらず、ランチェスター戦略が導き出す結果は「市場のNO1」になることだ。では市場でNO1になるためにはマーケットでどのくらいのシェアを取るべきかという指標がある。これをマーケットシェア理論という。
シェア73.9%:上限目標
市場でのシェアを独占できる状態。市場での圧倒的な地位を確立しているが、その分市場内の競争が起こりにくく、市場そのものが陳腐化するリスクがある。また、既存のプレイヤー以外に異業種からの参入などにより、これまでの市場構造を変えることでNO1の地位が脅かされる危険性もある。

シェア41.7%:安定目標
企業の多くが目標として設定する数値。この市場シェアまで上り詰めると、市場内ではほぼNO1といえる状態。ほぼ市場を独占している状態。

シェア26.1%:下限目標値
市場でトップになるために最低限達成しておきたい数値目標。これを下回ると市場での安定的な首位独走状態をキープすることは難しくなる。

シェア19.3%:上位目標値
市場内の競争が非常に激しく、いつどの企業が首位になってもおかしくない状態。

シェア10.9%:影響目標値
市場のトップではないが、ある程度の”影響力”を持つことができる状態。

シェア6.8%:存在目標値
競合他社からは存在は知られているが、地位を脅かすほどの影響力はない状態。このシェアを下回る状態が長期的に続く場合、市場からの撤退も考える必要がでてくる。その市場で今後もビジネスを継続するかを判断する境目といえる。

シェア2.8%:拠点目標値
市場への新規参入を決めた企業がまずは目指す目標値。

ランチェスター戦略の事例:第一の法則「弱者の戦略」

ランチェスター戦略は「弱者が強者と戦う」ための戦略として語られるケースが多いので、第一の法則”弱者の戦略”の事例を取り上げる。
①「乃が美」高級食パン:一点集中
大手のパンメーカーやパン屋チェーンが様々な種類のパンを扱うのに対して、高級食パンという細分化された市場でビジネスを大きく伸長させた。商品カテゴリを高級食パン一本に絞ることで、消費者に”高品質・プロフェッショナル感”などのイメージを持たせ大手との差別化に成功した。これはランチェスター戦略の第一の法則に該当する。

②セブンイレブン:局地戦
今やコンビニ業界では「強者」となっているセブンイレブンであるが、ビジネス開始初期は「弱者」の立場で市場シェアを獲得してきた。例えば1996年にセブンイレブンが大阪に進出した際、当時大阪ではローソンがトップの座にいた。セブンイレブンが取った戦略は”局地戦”であった、ある地域に集中的に出店することでその地域でのセブンイレブンの密度を高めていった。これまで見なかったコンビニが急にしかも多数出現するという状況は消費者の関心を引き地域内でのNO1になっていった。同じような局地戦を仕掛ることで最終的には大阪全体でセブンイレブンがシェアNO1になるという成功を収めることができた。