市場背景
2019年後半から世界規模で発生した新型コロナウイルス。いち早く感染が広がった中国では、都市封鎖などのかつてない感染対策が講じられた。日本でも中国の都市封鎖や外出を控えた住民のニュースが連日のように報道された。ニュースの映像の中でこのようなシーンを見たことはないだろうか?
マンションの入り口などで宅配で届いた野菜を受けとっている市民。
中国では2019年の新型コロナウイルスの感染拡大を皮切りに、【生鮮食品EC】の市場が急成長している。
iimediaのデータによると、
生鮮食品ECの市場規模は
・2019年:1,620億元(2兆7,700億円)
・2020年:2,638億元(4兆5,109億円)
・2021年※予測:3,117億元(5兆3,300億円)
と市場が大きく成長していることがわかる。
★中国生鮮食品EC市場規模の推移
※iimediaのデータを基に筆者が作成
このような市場を背景に、現在多くの企業が生鮮食品EC市場に参入。熾烈な市場争いを繰り広げている。
叮咚買菜(ディン・ドン・マイ・ツァイ)とは?
生鮮食品EC【叮咚買菜】を運営するShanghai Yibaimi Network Technology Co., Ltd.の創設者である、梁昌霖は起業家としては少し変わった経歴をもっている。彼は民間企業出身ではなく、大学卒業後、軍隊に入り10数年間をそこで過ごした。大学での先行がIT系だったこともあり、軍隊を辞めたあとITの領域で起業。様々なウェブサービスを展開する中、2014年に叮咚買菜の前身となる生活関連アプリ叮咚小区を立ち上げる。2017年に立ち上がった叮咚買菜は急成長を遂げ、2021年6月9日に米国でのIPO申請を実施した。このニュースは中国のメディアに大きく取り上げられている。IPOに向けて提出された目論見書※1を見ると、
2019年の営業収入:38.48億元(658億円)
2020年の営業収入:113.36億元(1,938億円)
2021年第1四半期の営業収入:37.57億元(642億円)
★叮咚買菜の財務データ
※Dingdong (Cayman) Limited目論見書より抜粋
また、EC事業の業績を見ると
2020年GMV:130億元(2,223億円)
2020年注文件数:1億9,850万件
2021年Q1月平均の利用者数:690万人
サービス展開都市数:29 などとなっている。
★EC実績データ
※Dingdong (Cayman) Limited目論見書より抜粋
企業情報
企業名:(中)上海壹佰米網絡科技有限公司
(英)Shanghai Yibaimi Network Technology Co., Ltd.
ブランド名:叮咚買菜(ディン・ドン・マイ・ツァイ)
設立:2014年3月
創設者:梁昌霖
資本金:35億元(598億円)
従業員数:1000-1999人
新流通モデル:前置倉庫
ビジネスモデルを説明する前に中国の「社区・小区」という概念をおさえておきたい。直訳するとコミュニティという意味になるが、日本語のコミュニティとは少し違う。中国の都市部の住宅で一軒家はほぼ存在しないと言っていい。ほとんどがマンションであり、日本と違うのはその規模だ。一つのエリアに何棟もの建物がたち、マンションエリアから出なくても生活が完結する仕組みになっている。マンションの敷地内には、スーパー、理髪店、不動産屋などがある。この住宅エリアまたはその一帯を「社区・小区」と呼び、多くの人が生活している場所を指すことが多い。叮咚買菜はこの特性を活かし、【前置倉庫(ぜんちそうこ)】という倉庫網を「社区・小区」の付近に設置した。
前置倉庫は中国語で「前置仓(チエン・ジィ・ツァン)」と言い、その名の通り「前に」「設置する」「倉庫」という意味となる。前置倉庫は社区・小区の近くに設置する小型倉庫のことを指す。前置倉庫は約400~450㎡の大きさで、冷凍・冷蔵施設が完備され、SKUごとに商品が管理されている。
この前置倉庫を活用したサプライチェーンを紐解くと下記の様になる。
1.約1,600サプライヤーから一括で仕入れした商品を
2.中心倉庫と言われる大型倉庫に納品し、
3.そこで商品の選別や加工を実施
4.その後中国各地の前置倉庫に送られ
5.ECプラットフォームで注文した消費者に宅配される
前置倉庫の一番のメリットはその宅配の速さにある。社区・小区に近いところからの宅配となるので、必然的に配送時間も短くなる。「最短29分でお届けします」を謳い文句にその配送スピードを売りにしている。また、ビックデータを活用することで、消費者の購買傾向を分析し、配送効率の向上や前置倉庫の納品商品の選別にも役立てている。叮咚買菜のリクルートサイト※1をみると、中国各地に1,000以上の前置倉庫を設置し、一日の注文数90万件に対応している。
ただし、この前置倉庫を活用した流通モデルには賛否両論がある。生鮮食品は客単価がそれほど高くない。叮咚買菜の客単価は65元程度(1,111円)と言われており、前置倉庫の管理費用・配達員の人件費などを考慮すると、利益が余り残らないモデルとの指摘もある。ただ、叮咚買菜のみならず、他社の生鮮食品ECもこの前置倉庫モデルを取り入れる動きがあり、新たなビジネスモデルとして確立できるかが注目されている。
★前置倉庫の様子
※人民網の記事より抜粋
★サプライチェーン概要
※Dingdong (Cayman) Limited目論見書より抜粋
サービス詳細
アプリ:叮咚買菜
ECプラットフォームとしては特に目立った特徴はない。消費者はスマートフォンのアプリで食材を注文する。野菜、肉類、加工食品など多くのSKUを扱っている。2021年Q1時点で12,500SKUを取り扱っている。
ビジネスモデル
まとめ
民間調査会社の米CB Insights※3のデータによると、叮咚買菜は2020年中国ユニコーン企業に選ばれている。
前置倉庫モデルという新たな流通モデルを構築しイノベーションを起こした。多くの企業が生鮮食品EC市場に参入し、今後多くの企業が淘汰されるだろう。その中で叮咚買菜が生き残っていくか、今後注目していきたい。
参考記事
※1:Dingdong (Cayman) Limited目論見書
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0001854545/000119312521185539/d121652df1.htm
※2:叮咚買菜リクルートサイト
http://zhaopin.100.me/
※3:The Complete List Of Unicorn Companies
https://www.cbinsights.com/research-unicorn-companies
筆者
Fukushima Gaku
大学卒業後、中国北京へ留学。
留学先では中国語アナウンサー技術を学習。
広告代理店、リサーチ企業などを経て、現在は消費財メーカーにて中国ビジネスに従事している。