「デザイン経営」とは?
「デザイン経営」とは、“デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法”である。経済産業省・特許庁も推進している経営手法で特許庁のHPにはデザイン経営関連のハンドブックや事例などが詳細に記載されている。
「デザイン」という言葉の歴史を辿ってみると、1950年代のデザインとは「見た目・外観」に重点が置かれ、その美しさに価値があると考えられてきた。そして1970年代に入るとデザインは見た目の美しさから、消費者のニーズを満たすものを目指すように変化していった。モノ中心の考え方から、それを使用するヒトへと中心が移っていった。現代ではデザインは”ユーザーや社会の課題を発見し解決する力”と言い換えることができる。デザインの力により社会やビジネス上の課題=チャンスを発掘することでイノベーションの創出を促進し、企業のブランド力向上に寄与すると考えられている。デザイン(課題の発見と解決する力)を活用した思考手法をを”デザイン思考(デザインシンキング)”などと呼ぶこともある。
なぜ「デザイン経営」が必要なのか?
現代の社会は非常に複雑化し様々な課題を抱えている。それと同様にビジネスにおいてもグローバル化やデジタル化が進んだ事により、市場の断片化や複雑化が進んだ。従来の大量生産・大量消費のビジネスモデルでは企業経営が成り立たなくなっている。そのような状況の中で市場を開拓し成長を続けるためには新たな課題=チャンスを見つける必要がある。日本企業は課題に対する解決策を提示することは非常に得意だと言われている。しかしそれは課題が顕在化している場合に威力を発揮するのであって、課題そのものを発見することは苦手である。例えばアンケート調査などで浮き彫りになった顧客のニーズはすでに顕在化しているものであって、他社が先行してそのニーズに応える商品やサービスを市場に投入している可能性が高い。大切なのは顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを掘り起こしイノベーションを起こすきっかけを掴むことである。この潜在的ニーズ=課題の発掘に役に立つのがデザインの力である。特にデザイナーがデザインを考える時に用いる”デザイン思考”は、徹底的に”人”を軸を置いて物事を考えるので課題発掘に有効だと言われている。デザイン思考は主に5つのプロセスから成り立っている。
①共感
デザイン思考の出発点はユーザーの共感を得ること。アンケートやインタビューからまずユーザーの顕在化されたニーズや共感していることを探りだす。しかしアンケートやインタビューではユーザーが本音やその根本にあるニーズを語るとは限らない。結果の背景にある本音を探り出す必要がある。
②定義
ユーザーの共感をもとに、ニーズを定義する。言語化されていない背景も考慮し、「ユーザーが本当(本質的)に求めているものは何か?」を具体的に定めていく。本当に求めているものが”課題”として定義される。
③概念化
定義された課題を解決するためのアイデアやアプローチ手法を検討する段階。この段階ではブレインストーミングなどの手法を用いて”質”ではなく”量”を重視してとにかく考えられるだけの案を出し尽くす。
④施策
アイデアが固まったところで、それを具現化するためのプロトタイプ(試作)を作る。ここでも完璧なものを作ることを意識してはいけない。短時間で作り、その時その時に発見できる新たな視点や問題点をもとに改善を繰り返す。こちらも”質”ではなく”量(回数)”が重要となる。
⑤テスト
ユーザーテストなどを実施し、そこから得られるフィードバックを参考に改善を図っていく段階。これまで定義したユーザーのニーズ(課題)や概念化、プロトタイプの方向性が正しかったのかを見極め精度の高い商品やサービスを作り込んでいく。
デザインの力を商品やサービスなどの限られた領域ではなく、企業経営全体に取り入れることでイノベーション創出や企業のブランド力向上を図る”デザイン経営”に注目が集まっている。
デザインへの投資効果
実際デザインに投資し経営を行うとどのよう効果があるのか。特許庁が2018年に発表した”産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』(以下:『「デザイン経営」宣言』)”によると、欧米ではデザインへ投資する企業のパフォーマンスに関する調査が行われており、British Design Councilはデザインに投資することでその4倍の利益が得られると発表した。
「デザイン経営」の必要条件と実践
デザイン経営を行う必要条件は2つ。
①経営チームにデザイン責任者がいること
※デザイン責任者とは製品、サービス、事業が顧客起点で考えられているかどうか、またはブランド形成の助けになるかを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持つ者を指す。
②事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
『「デザイン経営」宣言』によると、「デザイン経営」のための具体的取り組みとしては次のようなものがある。
①デザイン責任者(CDO,CCO,CXO等)の経営チームへの参画
デザイン責任者がデザインについて経営陣と密接にコミュニケーションが取れるようにする。
企業の経営者自身がデザインを重視し、経営に取り入れる姿勢を見せない限りデザイン経営は上手くいかない。
② 事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザイン責任者が参画
事業・製品・サービスが常に顧客目線に立ったものかを判断するため、
デザイナーが最上流から参画していることが重要となる。
③ 「デザイン経営」の推進組織の設置
組織においてデザイン部⾨を重要な部門として位置づけ、社内横断でデザインを実施する。
④ デザイン⼿法による顧客の潜在ニーズの発⾒
観察⼿法の導⼊により、顧客の潜在ニーズを発⾒する。
⑤ アジャイル型開発プロセスの実施
観察→仮説構築→試作→再仮説構築の反復により、スピード感を持って改善を行う。
⑥ 採⽤および⼈材の育成
デザイナーなどの専門スキルを持った人材の獲得や、研修などを通してデザインに関する知識を従業員に浸透させる努力が必要となる。
⑦ デザインの結果指標・プロセス指標の設計を⼯夫
デザインの効果をKPIなどの数値で管理することは難しいが、できるだけ可視化できる指標を策定することを試みる。
デザイン経営の事例
掃除機などを製造するダイソン(dyson)はデザイン経営の事例として非常に有名である。ダイソンのサイクロンクリーナーが登場する以前は、紙パックを装着するタイプの掃除機が主流であった。しかし、顧客の心理としては安価な紙パックであっても捨てるのは惜しい。このような顧客の課題に対してダイソンは「DC01」を市場に投入し大ヒットを生み出した。ダイソンの創業者であるジェームズ・ダイソンはこの商品を作り上げるまでに5,127台のプロトタイプを作り改善を重ねた。彼自身もイギリスの英国王立大学で家具やインテイリアのデザインを学びその後工学に転向したという経歴からもわかる通り、やはりデザインの力で顧客の課題解決を通してイノベーションを生み出し、企業のブランド力を向上させることに成功した。
筆者
Fukushima Gaku
大学卒業後、中国北京へ留学。
留学先では中国語アナウンサー技術を学習。
広告代理店、リサーチ企業などを経て、現在は消費財メーカーにて中国ビジネスに従事している。