両利きの経営とは?
両利きの経営とは、既存の事業を発展させると同時に新規事業をおこすことで企業として継続的に事業を行いイノベーションをおこし続ける経営理論を指す。新規事業(右手)、既存事業(左手)のどちらかに偏りすぎるのではなく、両者をバランスよく行う意味で「どちらも利き手=両利き」と表現されている。この経営理論はアメリカのスタンフォード経営大学院のチャールズ・A・オライリー教授とハーバードビジネススクール名誉教授であるマイケル・L・タッシュマンによって提唱された。
「知の探索」と「知の深化」について
両利きの経営について理解するためにはまず、①「知の探索」と②「知の深化」の2つの概念について理解する必要がある。
①「知の探索」:新しい知識を探し求める
→将来の大きな利益を獲得するための新規事業の創出
②「知の深化」:すでに持っている知識を深掘りする
→成功している既存事業を更に改善させることで安定的な利益を獲得する。
企業を日々経営するためには短期的な利益獲得が重要となる。現時点で成功している事業(知)があればそれを堅実に改善(深化)させることで安定的に利益を確保することができる。しかし現代の社会を見ると日々新しいサービスや商品、技術的なイノベーションが次々と生まれている。既存事業ばかりに注力しているといつ市場から淘汰されるかわからない。成功した既存事業にばかり集中することで市場の急速な変化に対応できない現象を「サクセストラップ」という。企業の既存事業が成熟すればするほど「知の深化」に偏り、イノベーションを起こすことができにくくなる。サクセストラップに陥らないためにも、将来的に利益を生み出す新規事業(知)を創出(探索)する必要が出てくる。この2つの「知」をバランスよく使うことで企業を長期的に経営していくことが可能となる。
「知の探索と深化」の間で起こる衝突と”リーダーシップ”
新規事業の創出(知の探索)と既存事業の改善(知の深化)に間には必ずといっていいほど衝突が起こる。新規事業と既存事業の運営には共に”組織”が必要になる。イノベーションとは結論「既存の知×既存の知=新しい知」なので、新規事業の組織にはどうしても既存事業のノウハウや人的リソースが必要になる。また、新規事業は成功する保証はどこにもないし利益を生み出すためには時間がかかる。既存事業に集中したい組織としては、新規事業のために時間やリソースが取られることは好ましいことではない。だからと言って新規事業の組織だけを完全に切り離して運営すると事業がうやむやな状態で消え去っていくことが多い。両利きの経営を成立させるためには、2つの組織をまとめる”リーダーシップ”が重要になる。経営者やリーダー層が「新規事業は将来的に絶対に必要である」という考えを社内に浸透させ、組織をまとめるリーダーが必要になる。
両利き経営の事例
■フィルム業界:コダックVS富士フィルム
コダックと富士フィルム共にフィルム業界では成功した企業といえる。しかし、その後の両社の姿は全く異なるものとなった。コダックは主軸事業であるフィルム事業に集中した結果”サクセストラップ”に陥ったといえる。デジタルカメラやスマホなどの急速な普及によって撮影用フィルムの需要は低下していった。その結果コダックは2012年に倒産することとなる。新規事業の創出(知の探索)に力を入れなかった結果、市場の急速な変化に対応しきれなかった事例といえる。
一方、富士フィルムは既存事業のフィルム事業を運営すると同時にその事業で培った技術を別の分野に応用することで新たな事業を創出した。代表例としてはスキンケアブランド”ASTALIFT”の立ち上げだ。一見フィルムとスキンケア商品には関連性がないように思われるかもしれないが、富士フィルムはフィルム製造の経験から純度の非常に高いコラーゲン生成の技術をもっていた。スキンケア商品の成分としてもコラーゲンは人気が高い。既存事業に固執せず、そこから得た技術や経験を新規事業の創出のために使ったことで富士フィルムは現在でも発展を続けている。
■AGC(旭硝子)
AGCはこれまでガラス製品を主軸事業として発展してきた。しかし、液晶テレビ用のガラス需要が低下するなどの要因で2011年~2014年まで4期連続で減益となった。そこで新規事業として素材の開発や製造に力を入れた。現在、AGCはガラスメーカーから”素材の会社”へと躍進を遂げている。AGCのコーポレートサイトに同企業の両利き経営に関して記載がある。AGCも両利きの経営には「探索:新規事業を探索する能力」と「深化:既存能力を深掘りする能力」と相矛盾する2つの能力を同時に追求する必要があると説いている。AGCは新規事業を①漸進型イノベーション②アーキテクチュアル・イノベーション③不連続型イノベーションの3タイプに分類している。
①漸進型イノベーション
└既存の組織能力で新たな市場・顧客を開拓する事業
②アーキテクチュアル・イノベーション
└既存市場の中で、新たな組織能力を必要とする事業
③不連続型イノベーション
└新市場・顧客の開拓が必要かつ新たな組織能力を必要とする事業
前段でも述べた通り、両利きの経営に取り組む中で「探索」と「深化」の間でジレンマが起こる。新規事業側では無駄や不本意な失敗が起こり、既存事業からは対立感情が生まれてしまう。両利きの経営には、
①事業ポートフォリオ
└どんな組織にするか?
②資源の再配分
└何にいくら投資するか?
③カルチャーマネジメント
└異なる組織をいかにバランスよくさせるか
これらが求められる。
AGCはこれらの難題に対して、主に3つの取り組みを行った。
1.トップ自らによる企業存続目的の再定義
2.両利きに即した事業ポートフォリオへ変換
3.経営チームによる組織とカルチャーの変革
このような取り組みを通して両利きの経営を実践している。
筆者
Fukushima Gaku
大学卒業後、中国北京へ留学。
留学先では中国語アナウンサー技術を学習。
広告代理店、リサーチ企業などを経て、現在は消費財メーカーにて中国ビジネスに従事している。